PIRKA SIRI

●4/アイヌ民族の装い
マチネヌプリと阿寒富士  アイヌ民族が身にまとっていた衣服は、大きく分けると3つに分類できます。
1)木の皮(樹皮)や草などを編んで作った、植物を使って作られたもの
2)海や陸の動物の皮、鳥の羽や、時には魚の皮などを使ったもの
3)交易などで手にいれた、外来の物を使ったもの
 
1)は樹皮衣や草皮衣と呼ばれるもので、樹皮衣は木の皮の繊維を細長く柔らかくし、これを編んで反物にして布を作り、これを衣服として縫い合わせました。これを「アットゥシ」と言います。ふだんはもっぱらこの「アットゥシ」を着て暮らしていたそうです。草皮衣は主に樺太アイヌの人々が着ていたそうで、イラクサという草の繊維を用いて布にしたそうです。樺太では「テタラペ」というそうで、「白い物」という意味だそうです。
 「アットゥシ」に使う木は「オヒョウ」が一番良く、他に「シナノキ」「ハルニレ」を使っていたそうです。
 
2)にはシカ・クマ・キツネ・タヌキなどの毛皮を使っていました。樺太アイヌの人々はアザラシやトド・ラッコなどの毛皮を使っていました。衣服だけでなく、家で使う敷物や、冬の狩りなどのために、手袋や帽子にも使っていたようです。いずれにしても、こういった動物の肉は食料とし、毛皮は衣服などに使用したということでしょう。
 は本州との交易で手に入れた木綿の古切れを使ったものや、あるいは中国大陸で手に入れた中国の官服(山丹服といいます)をそのまま使ったりしました。
屈斜路湖  木綿の古切れは、アットゥシに切伏して模様を施し、晴れ着として用いたりしました。近代になると、木綿の布が豊富に入るようになったためか、右の写真のように木綿の布にさらに切伏をして仕立てたようです。
 ところで、衣服での男女の区別はなく、男女どちらが着ても構わないようです。洋服のように合わせが逆だったりした様子はありません。ただ、もっぱら男性用に着せたもののほうが模様や切伏が大きく、大胆にあしらわれているそうです。これは、女性たちが、自分たち(女性)の服には控えめの刺繍などをして、主人(男性)には、儀式に出るときの晴れ着に沢山の刺繍などを施した為だそうです。



●5/アイヌ民族の食べ物
チセの内部  アイヌ民族の定義を、前出では「狩猟・漁労・採集を主に生業とし…ていた日本の先住民族である」と書きました。ですから、食べ物はごく当たり前のように自然からの恩恵を受けることになります。まあこれは現代人でも同じですね。
 また、地域によってとれるものが変わったり、食べなかったものもありました。ここではおおまかに表記していくことにします。
1)狩猟
 獣(けもの)類は、シカ・タヌキ・クマ・ウサギ・キツネなどを、また鳥類は、カモ類・エゾライチョウ・キジバト・カケスなどを捕っていたようです。このなかでも特にシカはもっとも重要な獲物でした。狩猟は秋から初夏にかけて行われていたそうです。
2)漁労
 漁労は海漁と川漁に分けられます。
 海漁としてはクジラ・トド・アザラシ・オットセイなどの海獣(かいじゅう)類、メカジキ・サメなどの大形の魚類やカメ、そしてニシン・カレイ・イワシ・タラなどの小形の魚類を捕っていました。また、ホタテ・アサリ・コンブ・ワカメなどの貝類や海草類も海岸などで収穫していました。
 川漁としてはサケ・マス・イトウ・イワナなどのサケマス類、そしてシシャモやフナなども捕っていました。特に、秋に川を登っ遡ってくるサケは、食べ物の少なくなる冬を迎える前に収穫することのできる、貴重なタンパク源として重要な位置にありました。「シペ=本当の食べ物」と呼び、欠かせない食料の一つでした。
3)採集
 様々な植物の葉・茎・根・実やキノコなどを、おもに女性や子供たちが取っていました。春から初夏にはギョウジャニンニク・ノビル・フキノトウ・ヨモギ・ウド・ゼンマイなどの葉や茎、カタクリ・クロユリ・ウバユリなどの根、タラの芽などを取りました。そして夏から秋にはハマナス・イチゴ・コクワ・クリ・キハダ・ヒシなどの実やエゾテンナンショウの根、そしてマイタケやシイタケなども取りました。食用のほかに、薬用としても利用しました。
3)農耕
 農耕は、近代(明治)になってから本格的に行われるようになったようで、それまでは家のそばで小さな畑(焼畑)を耕す程度のことだったそうです。ヒエ・アワ・キビ・ソバなどを作っていましたが、やがてジャガイモやトウモロコシ・豆類なども栽培したようです。



◆PHOTO CAPTION
上から〜
●阿寒湖畔・アイヌコタンのまりも祭
 この年に初めてこのお祭りに参加しました。メチャメチャ感激しましたね。まだまだアイヌ民族はこれからだぁっ!て感じでしたね。なんだか感慨ぶかげでウルウルきたのを覚えてます(;_;)。翌朝の踊りも素敵でした。写真は静内の方々ではないかと思います。96年10月撮影
●二風谷の博物館
 上の写真と同じ旅の間に立ち寄った二風谷の博物館で撮影しました。一応許可は得ています。すごく立派な博物館でしたが、雨漏りが一箇所ありまして…もう直ったのでしょうか?96年10月撮影
●サケのジャンプ
 上2枚の行程が済んだあと、オホーツク海側に出て、紋別に入ったところで河口を覗いてみると鮭が遡上していました。思わず撮影したものです。でも川に入って100mほどでヤナにかかるようになっていたので、彼(彼女?)の心中いかばかりか…。96年10月撮影
●白老の干し鮭「サッチェップ」
 札幌にいた(当時)友人に無理を言って白老まで連れてきてもらいました。数十メートルの幅で干された鮭はなかなかに壮観でした。チセの廻りにも干されていました。その後、何度か立ち寄ったときに、1匹2、3千円程度で販売していたようでした。売り物だったのね…。96年2月撮影



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